2006年12月31日

メリーの留守番1

後ろ髪を引かれながらも、電車に乗り込み、会社に向かう途中、かばんの中に入れた携帯がぶるぶると震えた気がした。さすがに満員電車の中では取りだすこともできない。
仕方なしに、俺は目的の駅まで進んだ。・・・まさかとは思うが・・・・。とあせりながら・・・。
ようやく目的の駅につく。駅に降りるとすぐにかばんの中の携帯を取り出し、着信履歴を見る・・・。
非通知だ。
・・・・・。
もしかすると、メリーは、鎌を手にこちらに向かっているのかも知れない。
・・いや、それならばそれでいい。そう決めたはずだ。ただ、ひとつだけ、まだ伝えていない重要なことがある。それさえ、伝えることができれば・・・。
俺は、携帯を手に持ったまま会社に向かった。
会社の入り口に差し掛かったところで、携帯がなる。
やはり非通知だ。
すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし・・・」
「・・・・」
「もしもし・・・メリーだろ?」
「・・・ガチャ・・・・・」
何もいわずに電話は切れた。
・・・おかしい・・・。

『メリーの電話』と呼ばれる都市伝説は、徐々にメリーが自分の居場所を告げながら近づいてくるのが特徴で、昨日の夜、メリーが俺のところに現れるときも同様に俺のところまで近づいてくる電話が合計5回かかってきた。
・・・なぜ、何もいわないんだろう・・・。
呆然と立ち尽くしていると、後ろから会社の同僚に声を掛けられた。
そのまま、引き刷り困れるように会社の中に入っていたが、俺の心は、会社にはなかった。

出社してすぐに会議室へと向かう準備に追われる。上司は自分のわからないことをすべてこちらに振ってくる。とにかく会議の席で自分が恥を書かないように出来れば何も文句は言わない。
そのくせ、小心者で、準備の状況を念入りにチェックしてくる。といってもチェックしたところで、どの資料が、ナニを説明しているものなのかわかるわけもないから、ただ「しっかりとやってくれ」というだけだ。
会議への準備をしている間に、携帯が震えた。
俺は即座に通話ボタンを押す。チラッと見た画面には非通知の文字が浮かんでいた。
「もしもし!」
俺は職場にいる同僚の目を身にもせずに受話器に向かって叫んだ。
「・・・・」
受話器の向こうは相変わらず無言だった。
「メリーだろ?どうしてだまっているんだ?」
「・・・ガチャ・・・」
電話は切れた・・・。
「どうしたんだ?」
同僚の一人が俺に声をかけてくれた。あまりに突然の俺の叫び声に職場内が静まり返っていた。
「いや・・・いえからでな・・・いろいろと・・・な・・・」
「そうか・・・なんかあったのか?」
「いろいろとだ・・・な・・」
適当に返事をして、流す。
・・・メリーは何処にいるんだろう?

2007年01月01日

メリーの留守番2

会議室へと資料を運び込む。準備を整えて、上司が来るのを待つ。
どうせ肝心なパートの説明はこちらに振ってくることはわかっているが、上司はそのときまで指示を出さない。
事前に人にお願いをするのがどうしてもいやなようだ。
そんなやつでも上司は上司だ。出来るだけ、説明しやすいように原稿を整備して、シナリオを作っておいた。
会議室に次第に人が集まりだす。
後は俺の上司の登場を待つだけだった。
そんな時また、携帯が震えた。
・・・まずい。ここで電話に出るわけにはいかない・・・。
さすがに俺も今の状況を見た。たくさんのえらいさんの前で、電話に出て、話をすることなど出来ない。
俺は席を立って、
「すいません、資料を一つ忘れましたのでとってきます」
そういって、部屋を出た。もしも上司がいたら、部屋を出ることすら出来なかったかも知れない。このときばかりは上司のルーズさに感謝をした。廊下に出ると、社内が騒然としていた。
何かを探しているようだった。俺は気にせずに男子トイレに向かった。
「おい!いたか?」
「いや、こっちにはいない・・・どこにいったんだ?」
「なんであんな子が、こんなところにはいりこんできてるのよ?」
トイレに向かう廊下で出会う違う部署の人間の口から聞こえてくる言葉・・・。
しかし、俺はそれどころではなかった。

男子トイレについたが、電話は切れていた。
画面に非通知という文字だけが残る・・・・。
メリー・・・。
メリーがどうやって電話をかけているのか、何処からかけているのか知らない。
携帯電話を持っているようなそぶりでもない・・・。そのあたりがオカルトなんだろう。霊力のようなもので電話をかけてくる。そう認識していた。つまり、メリーには、霊力が戻ったということだ。
メリーの鎌、あれはただ、人の魂を刈るためだけのものではない。アレこそが、メリーの霊力の源と言えるものだ。俺がメリーに出会ったときにあの鎌を奪ったのは、メリーから超常的な力を奪うためだった。
そしてメリーに衝動的な怒りのパワーを与えるのもあの鎌であると推測していた。大体はまとめサイトに書かれていた管理人からの受け売りだが・・・。
『メリーの力の源は、あの鎌にある・・・。』と・・・。
俺は、俺の気持ちをメリーに伝えて、メリーを出来るだけ長く見ていたかった。しかし、そのために、メリーを拘束するような事はしたくなかった。少なくとも、まとめサイトの管理人のようにメリーを縛り付けておくことで自分の自由にしようとは思っていない。
だからこそ、メリーが鎌を自分の手で取ることの出来る場所においておいたのだ。
・・・こうなって当たり前か・・・。
トイレの窓から外を眺めながら、ため息をつく。
もう一つ伝えたいこと、あるんだけどな・・・。
俺はそう思いながら、何気なく携帯を触った。
そのときまたしても、携帯が低い音を立てて震え始めた。

メリーの留守番3

携帯の画面を確認する。非通知・・・。メリーだ。俺は急いで電話を取った。
「もしもし!メリーか?」
あわてすぎでろれつが回らなくなりそうな舌。それでも、必死で俺は、電話に向かって叫んだ。
「・・・うん」
電話の向こうで、かすかながら声が震えた。
「メ、メリー!どうしたんだ?今どこにいる?」
すでにこの近くまで来ているのかも知れない。俺に電話をする以上、俺をターゲットに定めなおし、俺を刈りに来たと考えて間違いない。
鎌を取り戻し、力を取り戻した以上、俺を刈り損ねたのは、メリーにとって屈辱の記憶以外の何者でもないのだから。
そして、俺はそれで言いと覚悟を決め、それでもメリーの姿をこの目に納めたかった。何よりも、笑ったうれしそうな顔を・・・。
昨日、その夢もかなえられた。だから・・・。
「あなたの・・・」
メリーが電話口で言った台詞。その続きは、俺にとって良く知っている台詞だった。
・・・後ろ・・・か・・・。
「・・・」
そこで、メリーは黙った。次の台詞を放ち、その台詞を受けて振り返ったものには、あの魂だけを刈る鎌がまっすぐに振り落とされる。
メリーが今回俺に居場所を告げなかったのは、俺にはそれが通用しないからだと思っていた。だからこそ、不意打ちでおそってくるものだと・・・。
しかし、メリーは、最後の台詞を告げようとしていた。
今殺されるわけには、刈られてしまうわけにはいかない。
メリーに、どうしても告げなければいけないことが、俺にはあったから。
「あ、あのな!メリー聞いてく・・・」
いつ襲われるかわからない緊張の中で、繰り出した言葉は最後までは続けることができなかった。
鈍い衝撃が、背中・・・いや腰の辺りを襲った。

メリーの留守番4

痛みはない。俺はゆっくりと振り返った。そこには俺の腰にしがみつくメリーがいた。
・・・・???
どうなってるんだ?
メリーの手には鎌はなかった。しかも目は泣きながらここまで来たかのように真っ赤にはれていた。実際に涙のあとまでがほほについている。
「・・・メ、メリー?」
ぎゅっとしがみついたまま、動こうとしないメリーに同様も戸惑いも隠せずいる俺は、廊下の方が騒がしくなってくるのを感じた。ばたばたとした足音がいくつも聞こえてくる・・・。
本来会議中の男が、男子トイレで女の子に抱きつかれていると言う図は、社内の人間にはどうしても見せられないものだった。もしかすると俺を探しに来た同僚たちかも知れない・・・。
俺は、後ろにしがみついたままのメリーを無理やり引っぺがしそのまま抱っこして、男子トイレの個室に入った。
ばたんと扉を閉めて、鍵を閉める。ほっと一息つくと、足音がトイレの前で立ち止まるのが感じられた。
「黒いエプロンドレスを着た女の子だ!高橋の携帯を奪ったんだ。早く見つけ出せ!得意先からの電話がかかってくる前に!」
は?なんだって???
扉の向こうの男たちは、メリーらしき女の子が俺の同僚の高橋の携帯電話を奪って、逃走中であるということを告げていた。高橋といえばこの会社の命運を分けるほどの大物との取引を何とかこぎつけたエリートだ。
うさんくさいやつだから、いい気味といえばいい気味だが、これは会社にとっては大事だ。
扉の向こうに向けていた意識をメリーに向ける。メリーは、突然の俺の動きにきょとんとした顔のまま、俺の首にぶら下がっていた。あまりに間近にある美しい顔に、一瞬めまいがした。思わず俺は目を閉じたぐらいだ・・・。

何とか気を取り直して、目はつぶったままだが、メリーに聞いた。
「・・・メリー、携帯・・・奪ったのか?」
「・・・うん」
「・・・どうして?電話機を使わなくても電話でき・・・」
そうだ、メリーは鎌を持っていない・・・。
力を持たぬメリーには意識だけで相手に電話をするなんてことは到底できない・・・。
「おまえ・・・」
申し訳なさそうに、下唇をかんだメリーは、怒られる前の子どもそのままだった。
「まあ、いいよ。とにかくその携帯を貸しなさい」
メリーは片手で器用に俺にぶら下がったまま、もう片方の手で、俺に携帯を渡す。
「それから、一回降りなさい」
じっと俺の顔を見る。そして、顔を伏せて首を横に振る。
「この携帯を返してくるだけだから」
同じく首を横に振る。どうあっても首にぶら下がったまま離れようと言う気はないようだ。
とにかく早くしないと大変なことになる。俺はドアの外に意識を集中した。
足音はない。話し声もない。そっとドアを開ける。誰もいなさそうだ。俺はメリーを首にぶら下げたまま、そっとドアの外に出た。
この携帯を・・・どうしたものか?もう少し男子トイレに隠れるとして、男子トイレの前にこっそりとおいておくのはまずい。
ここは隣の女子トイレの前に・・・。俺は男子トイレを出て、女子トイレのほうに歩み出た。
そして、こっそりと携帯をその入り口において戻ろうとした瞬間、廊下の端に人影が現れる。
・・・まずい!
俺はとっさに、女子トイレに駆け込んだ!

メリーの留守番5

「う、上田君!」
「麻子・・・」
最悪だ・・・。女子トイレに人がいた・・・。もうこうなったら仕方がない。
相手が麻子なら、何とでもごまかしが聞くだろう・・・。俺は麻子を引きずり込むようにして、個室に滑り込んだ。
「な、何なのよ!」
叫びだしそうな麻子の口をふさぎ、個室のドアを閉めて、鍵をかける。
「頼む。何でも言うことを聞くから、ここは静かにしてくれ!」
ここで騒がれたら、元も子もない。
麻子は目で了承の返事を送ってくる。少し落ち着いたようだ。このあたりの表情やサインは良くわかる、麻子とは、半年前まで付き合っていただけでなく、中学高校大学と腐れ縁。いわば幼馴染といった間柄だ。
俺はゆっくりと麻子の口をふさいでいた手を離す。
「で、どういうこと?」
・・・何から説明したらいいのか?都市伝説で有名なメリーさん・・・。信じるわけがない。こいつは竹を割ったようなさっぱりとした性格で、昔から幽霊や化け物なんか信じない。
そんなものがいるものなら出てきなさい!という対場を貫いている女だ。しかも、そんなものが出てきた日には全力で退治しようとするような女だ。
あっさりとしていて、裏表がないといえばそうなのだが、まっすぐすぎて、面白みにかける部分もある。
「この子がね、あの、高橋の携帯を取っちゃって・・・」
「え?まじ?」
「声がでけえよ!とにかく、その携帯を、今このトイレの前においてきたからすぐに本人の手もとに戻るだろう」
俺の声が聞こえているのかいないのか・・・。麻子はまじまじと、メリーの顔を見つめている。

メリーの留守番6

「この子・・・だれ?」
麻子は、メリーから目を離さずに、俺に問いかける。
一方メリーの方はというと、真剣ににらみを利かせている麻子とは対照的に少し余裕の笑みを浮かべているように見える・・・がやはりメリーも麻子から目を離さない。
「上田君・・・この子・・・きれすぎる」
「は?」
麻子はにらみを利かせながらも、メリーを観察し続ける。それで気がついたんだろう。メリーがきれいで整った顔をしていること、それは人間離れした完全な美しさといってもよかった。
しかも、瞳に宿る生命力!幼い容姿からは計り知れないプライドと高貴な雰囲気がにじみ出ていた。麻子はようやくメリーから目を離し、俺に顔を向けた。
「なるほどね・・・上田君、高橋君が携帯を奪われたときの状況って聞いてる?」
麻子は、今度は俺をにらみつけながら言った。
「もう、たとえ携帯が戻ったところで、あの人は今回の仕事から下ろされるわよ」
「は?なんで?」
「高橋君・・・もう魂が抜けたみたいになってるらしいわよ。うわごとのようにその女の子のことばかりを口にして、今は社内を放浪してるんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
まさか・・・メリーが、高橋に・・・。メリーには素手で人間の魂を制御したり出来る力があるってことなのだろうか?そのようなことはまとめサイトにも独自で調べた都市伝説にも記述がなかった。
「・・・この子のことがわすれられない・・・。つまり一目ぼれだって・・・」

・・・高橋が?俺の知る高橋は、仕事オンリーのまじめなやつだ。しかし、浮いた話がないわけではない。今も、確か、付き合っている女の子が社内にいるはずだが・・・。
「でも納得だわ。これだけきれいだと、男の人は狂うかも知れないわね・・・」
・・・確かに、メリーの美しさや高貴な雰囲気は俺を狂わせているのかも知れない。自らの命を懸けてまでも、彼女の顔を見たかった。というのは普通の感覚からしたら、狂っているといわれても仕方がないだろう。
俺の恐れていることはそれだった。メリーの魅力は俺にだけ有効なものではない。姿は幼かろうが、メリーの存在自体が、男を狂った行動に導きかねないのだ。
それは実際の姿を見たことのなかった俺がどうしても姿を見たくなって、危険な賭けに出ずにはいられなくなったときの、あの焦燥感。俺はそれを知るからこそ、恐れていた。
「こんなに小さいのにね・・・」
メリーは相変わらず、麻子をにらみ続けている。もちろん、俺にぶら下がったままだ。
「・・・それで、上田君」
麻子がさらににらみを利かせて俺に詰め寄ってきた。
「この子は、上田君とどういう関係なの?」
・・・・・・。
「ど、どういう関係・・・って・・・」
困った。ごまかそうにも、家族ぐるみの付き合いをしていた麻子には、俺の親戚やいとこという逃げは通用しない。親父の隠し子とでも言ったら、そのままうちの親父に確認に行きかけないやつだ。
「まさか・・・」
ナニを言い出すつもりだ?
「どこかからつれてきたんじゃないでしょうね!」
・・・そうそう。この世じゃないどこかからね。といいかけて、言葉を飲み込む。そんなことを言おうものなら、こいつのことだナニをしでかすかわかったものじゃない。
「・・・まいご・・・なんだよ」
苦し紛れに、ようやく出た台詞が「迷子」だった。
「なんで、迷子の女の子が、あんたの首にだきついているのか?そこのところが聞きたいんだけど」
なんで?って聞かれても、俺の方が聞きたいくらいだ。ほんの数分前までは、もう、魂を駆られるとまで、思っていたのに、 涙をうっすら浮かべながら抱きついてくるという、予想しない反応に最も戸惑っているのは俺自身なのだから。

メリーの留守番7

「まあ、誘拐って言うことはないでしょうね•••。この子が一人で高橋君のところに現れたって言うのは他の子も見てるから•••」
麻子の目は、俺から何かを読み取ろうとしていた。無類のおせっかい&正義感の塊である麻子にとって、格好の燃料が目の前にあるというわけだ。その行動の奥底には、昔俺を愛したことへの未練とかやきもちとかそんなものはまるでない。
そのあっさりした性格が俺は好きであり物足りなくもあった。まあ、どちらにしても過去の話だ。
俺は、できるだけ動揺を見せないように平静を保ちながら、噂の広告塔ともいえる麻子からメリーが高橋に対してどのようなことを行ったのか?そして、麻子の口からメリーのことが漏れるのを防がなければならない••••といった過酷な状況にあった。
•••••。
「おい、これ?」
不意にトイレの外で男たちの声が響く。
「これ高橋の携帯じゃないのか?」
「間違いない。さっき通ったときにはなかったぞ!女子トイレの中か?」
この男たちは、どうなんだろう?高橋を腑抜けにしてしまった存在への怒り?会社にとって必要な取引先との唯一の連絡先である高橋の携帯の確保?•••もしくは•••。
高橋のうわごとを聞いて、その言葉から語られる「美しさ」に魅了されてしまったのかも知れない。
普段、熱心に仕事に打ち込む様子の見せないような奴までもが必死になって高橋の携帯を探している様子だった。それは高橋の携帯を探しているのではなく、その携帯を奪った張本人を探しているのではないだろうか?
「おい!そこにいるんだろう!出て来い!」
男たちは荒々しい口調で、トイレの中の唯一しまっている個室に向かって叫び声を挙げる。
首にぶら下がるメリーがあまりの大声に一瞬ビクッっとして、俺の首にいっそう強くしがみつく。
先ほどまで麻子をにらみつけていた圧倒的な生命力を宿した瞳から輝きが失われていた。
まるでおびえた小動物のそれのような弱弱しく•••そして人間の可虐性を引き出すようなか細い存在。それが今ここにいるメリーだ。

わずかながら震えるメリーを抱きしめながら、俺は自分の中にこみ上げてくる黒いものを感じていた。それは、最初にメリーに出会ったときに俺の中に芽生え、無理やりに押し殺した衝動だった。
この衝動に身を任せてしまえば、自分はすごく楽になる。そう思いもする。しかし、まとめサイトの管理人のように、メリーを極限までに不幸に陥れることになるのだ。
俺が望んだのは、メリーを自分のおもちゃにすることではない!まとめサイトの管理人が次第に自分の中の黒い欲望に実を任せていく様子を見て、我慢ができなくなった。
どうしても、そのような過酷な状況から、メリーを救い出したかった。そして、少しでも長くメリーの美しく高貴な姿を無続けていられるのならば、俺はこの命をかけてもいいとさえ思った。
それがメリーを召喚した純粋な理由だ。そんな俺の思いをあざけるように、俺の中の黒いものが、欲望がふつふつと大きくなり続けようとしていた。
「上田君?あんたやばい顔してるよ」
横から声をかける麻子の言葉に、我に返った。気がつかないうちに俺の呼吸は上がり、目の焦点は合っていないような状況になっていた。
俺はつばを飲み込んで深呼吸をした。
「どうするの?あの子らも変だよ?」
おそらく外にいる連中も、俺ほど強烈ではないにしろ、何かしらの衝動に駆られているのだろう。その行動は時間がたつにつれて、自分では制御できないものへと変化しそうな勢いが彼らの中にあった。
一人の少女を追うには、あまりにもひどいと思える言葉をドア越しに投げかけてくる。激しい勢いでドアをたたく。
「まあ、いいわ。ここは助けてあげるから、私には本当のことを話すのよ。昔のよしみもあるんだしね」
麻子は、ニッと口の端っこだけを吊り上げたいたずらっ子っぽい笑顔を俺に向けた。俺は実はいつでも、いやおそらくいつまでも、この麻子にはかなわないんだろう。

メリーの留守番8

「すまん•••頼む」
俺はそれだけ言うと、頭を下げた。

「ほらでてこいよ!ここにいるのはわかってるんだぞ!」
ドア越しに聞こえてくる男たちの声、おそらくは3人から5人だろう。
麻子は大きく息を吸い込むと、その声の主に向かって、叫んだ!
「うるせーんだよ!誰に向かってどなってんだよ!」
••••。
俺の胸に顔をうずめていたメリーですら、顔を上げて麻子の方を振り返った。おびえた様子が引っ込んで、ただ単純にびっくりしたみたいだ。
「•••中原さん•••?」
中原は麻子の苗字。外の男たちは、一瞬にして静まり返った。
「人が黙ってりゃいい気になりやがって、今すぐこのドア開けて出て行くからおとなしく待ってやがれよ!この糞がぁ!」
威勢のよい怒鳴り声が響き渡った後、男たちがこっそりと去っていく足音がかすかにした。
足音をたてないように、自分がその場にいたという痕跡を示さないように、そっと後ずさりしているのだろう。
「にげるのかぁ!調べればすぐにわかるんだぞ!こらぁ!」
麻子は、その切符のよさと性格で、若いながらも姉御と呼ばれていた。もちろん腕っぷしも強い。常務や専務ですら、麻子に怒鳴られてへこむことがあるそうだから、下っ端の平社員が麻子に喧嘩を売ったとなれば、会社どころかこの町から出て行くより他はないだろう。

「ふぅー」
大きく息を吐き出し、麻子はこちらを向いた。
「まあ、今日は事情があるみたいだし、このまま帰りなさいよ。上田君、あんた会議中でしょ?この時間•••。」
「そ、そうなんだ」
「うまいこと言っておいてあげるから、その子連れて裏口を回って帰りなさいね」
「•••あ、ありがとう」
「いいって。えっと、そのこ•••名前は?」
麻子は、メリーを見た。メリーは、再び麻子をにらもうとしたが、少しおびえていた。
しかし、そのおびえ方は悪いことをした子どもが怒られるのをびびっているようなそんな感じだった。
俺の中に黒いものが芽生えてくる衝動はなかった。逆にほほえましく眺めることができた。
「この子は、メリーって言うんだ」
俺は微笑みながら、麻子に言った。自分の名前を呼ばれて、麻子から俺の方に目を向けるメリー。きょとんとした表情は、人外の者と言う印象はまったくなかった。大人の会話の中で取り残されてわけがわからずに話している人の方をきょろきょろと向いている少女。そのままだった。
俺は、麻子の手引きの下、女子トイレを出て、非常階段を経由して、会社の外に出た。
麻子に、もう一度礼を言ったら、
「感謝の気持ちは、態度と行動で示しなさいね。今度でいいから」
とまたいたずらっ子を思わせる麻子スマイルを返してきた。

メリーの留守番9

会社を出てしばらくして、俺はメリーに話しかけた。
「さて、うちに帰ろうか」
メリーがうなずいた。俺はメリーを首から降ろし、メリーの手をつないだ。
「え?」
上目遣いに戸惑いの表情を浮かべて俺を見つめているメリーに俺は微笑みかけて、
「ほらちゃんと前を見ないと、転ぶぞ」
と声をかけて歩き始めた。引っ張られるようにして前を向いて歩き始めたメリーは、少し手にチカラをこめてきた。
盗み見るようにその表情を見ると、心なしかうれしそうに微笑んでいる。
俺はメリーの手を握り返した。

メリーの留守番10

あれから家まで、特に何を話すでもなく、俺はメリーと手をつないだまま帰った。
少し照れくさかったけど、なんでもない日常の風景の中にメリーとともにいれる事。
それは俺のもっとも望んでいたことだった。メリーはさまざまな負のエネルギーを糧にし
て、今まで伝説と呼ばれるまでに成長してしまった存在だ。もとは一体の人形、もしくは
一人の少女。もしも人形にも存在としての魂があるというのならば、少女と人形の魂に刻
みこまれたもの•••。それは、見向きもされず、大切にもされず、捨て置かれた存在と
しての孤独•••。彼女たちの中に根強く刻まれているものは、わずかな施しややさしさ
では解消され切れるものではない。そして、この孤独こそが人形メリーをイキモノとして
いる原動力に他ならないのだ。俺は少しでも長くメリーを見ていたい•••。
しかし、メリーの抱えるその悲しみや寂しさを癒してやりたいとも思う。それがメリーの
イキモノとしての力をわずかでも奪うことになっても、俺はメリーの心を癒してやりたい。
そう思っていた。自分がかつて置かれた状況。それを救ってくれた俺の親父のように。
帰り道、なんだか楽しそうにつないだ手を振っているメリーを見て、何も声をかけられな
かったのが本当のところだった。今日何故俺のところまで来たのか?何故俺を殺そうとし
なかったのか?何故鎌を手に取らなかったのか?何故•••。
一度口を開くと、さまざまな疑問が次々と出てきてしまいそうで、それを口にすることで
メリーの笑顔が曇るのがいやだった。少しでも長く、幸せに目を細めた笑顔を隣に感じて
いたかった。
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